忘れて生きる

心得
08 /15 2015
お盆のお墓参りはおすみですか?

私は、昨日早朝に行ってきました。

自分の家のお墓と、戦没者を慰霊するお墓と両方です。

私の叔父は、25歳です。

ず~っと25歳のままです。

そう、25歳で満州で戦死したのです。どんな最期だったのかは分かりません。

私の母は、兄(私にとっては叔父)が出征した日から何か月も口をきかず

ただ黙っていたそうです。

10代のもっとも多感な少女にとって、慕っていた兄という肉親が戦地に向かうというのは、

どれだけ悲痛なものだったか。

母は、一切戦争のことを語ったことがありません。

昔、戦争の話題になった時、

「忘れたっ」と即答したことがあります。

その言い方は実に淡々としていました。

人間、あまりに辛い記憶は自ら思い出せないように忘れることがある

と聞いたたことがあります。

きっと、母は、兄の戦死がショックで戦争中の記憶を失ってしまったんだ。

長い間、私はそう思い込んでいました。

しかし、それは違いました。

昨年の終戦記念日、それが分かりました。

「今日は、終戦の日か・・・・・。長かったな~」と

母の口から戦争を振り返る言葉を生れて初めて聞きました。

そう、母は、自分で自分に「忘れた」と言い聞かせて、生きてきたのです。

強いな~、と感心しました。

母だけでなく、戦争を体験した人々は、このように苦しい記憶と

必死で折り合いをつけて70年間生きてきたのでしょう。

それに比べたら、現代に生きる私たちの悩みや困難なんて、すべてとるに足らないちっぽけ過ぎるレベル。


私たちは、すでに完璧なしあわせを手にしている。


そのことに感謝し、戦死した多くの先人の分まで、人生を生き切りたい思います。




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湯佐 弘子(ゆさ ひろこ)

マナーセンス 代表
サービスプロフェッショナルコーチ
日本ペップトーク普及協会 講演講師